ボージョレ・ヌーヴォー
パリから次ぐフランス第2位の人口を誇る大都市、リヨン。北東から流れ込むローヌ川と、北から流れ込むソーヌ川が南部で合流し、この2つの河川によって交易が発展してきた。
リヨンは、”食通”の街としても知られている。リヨンには、「ブション(Bouchon)」と呼ばれる大衆食堂が軒を連ね、夜はワインが飲める居酒屋となる。ブションでは、「ポ・リヨネ」(瓶底の厚さ4cm、容量0.46L、重量1kg)と呼ばれるガラス瓶にボージョレーの赤ワインを入れ、水のようにセルフサービスで飲まれていた。ボージョレーは、庶民も気軽に飲める「リヨンを流れる3番目の川」と言われる程の大衆的ワインだったのである。
ところが1960年代から、ボージョレー地区の新酒(ヌーヴォー)が「ボージョレ・ヌーヴォー」として、国内外へ販路を広げることとなる。その仕掛け人が「ボージョレーの帝王」と呼ばれた、ワイン醸造家のジョルジュ・デュブッフ氏と、フランスを代表するリヨンの料理人、ポール・ボキューズ氏の2人である。2人は、11月の第3木曜日に解禁されて飲めるこのワインを、積極的に国内外へPRした。1970年代に、パリで新酒解禁イベントを開催し、続いてニューヨークで行なったイベントも成功を収める。1990年代には、日本でもこのイベントが定着する。日付変更線の地理上、日本が世界最初に「ボージョレー・ヌーヴォー」が味わえる国として、総輸出量の上顧客となった。
ヌーヴォーは、いわゆる普通の赤ワインとは作り方が異なる。赤ワインの場合は、ブドウを潰して皮と種を一緒に漬け込み、アルコール発酵させる(フェルマンタシオン・アルコリック:Fermentation Alcoolique)。それによって、種や皮の渋み(タンニン)や色素(アントシアニン)を醸し出していく(マセラシオン:Macération)。ヌーヴォーの場合、ブドウを潰さずにタンクの中で二酸化炭素の気流にブドウを置き、細胞内発酵により内側から破裂させていく。皮と種を漬け込まないため、果実味の強い味わいとなる。
この飲みやすさが若い世代にも浸透したことで人気を博したわけだが、熟成された深みのあるワインの味を好むパリジャンは、あまりヌーヴォーの魅力には屈しないようだ。
私自身も実はヌーヴォーのファンではなく、熟成ワインが好みだ。日本では、毎年「ボージョレー・ヌーヴォー」の解禁がニュースとなり、人々は一大行事としてヌーヴォーの宴に酔いしれる。日本人がこの果実味に惹かれる理由は、経済成長時代・バブル時代の甘酸っぱさを夢の味として感じ取っているからかもしれない。
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